人は宇宙的地球自然の中で生きてきた動物です。文明が革新的に発達し続ける社会に身をおく私達は、その対価として人類や動植物の生活の場である、かけがえの無い地球を汚染し破壊してきました。また自然の中で生き抜くために本来持ち合わせていた人間の体に備わった潜在的能力をも退化させ、アメリカ主導の行き過ぎた資本主義経済は大切なこころを見失っていると、世界の人たちが気づき始めました。
幸福を「競う」ことにより善悪よりも損得が価値基準となってしまった人間社会。今、このような閉塞感を打ち破る想いで日本の若者達が農業に明るい未来を託し、新しい3Kを目指し、参入してきました。「カッコイイ」「稼げる」「気持ちいい」額に汗し、自然の中で働く喜びにこそ本来の人としての幸せがあるとの価値観に確実に変わってきたように感じます。
奇しくも80年前にインドのムハマド・ガンジー氏が人間社会における七つの社会的大罪を挙げられました。次代が変わっても、人間の本質は変わることなく同じ過ちを繰り返して歴史を積み重ねているだけなのかもしれません。
私たち親和は七つの社会的善行を挙げます。
人類が古代から営々とつづけてきた農を生業とし、自然を相手に活動する私たち親和は、農の持つ潜在的な力を新たな可能性として価値を創造し提供します。
1.動植物を育てる喜び 5.神秘
2.生き物の命を頂く事への感謝 6.偉大さ
3.大自然への畏敬の念 7.感動
4.自然の持つ治癒力 8.満足感
spot_img3.png
spot_img11.png
昔は稲作に肥料らしい肥料もなく、工夫をしては一粒でも多く米を取る努力をされました。
○堀田と、はね田
土を乾かしておくと稲がよく育つということから掘田をされたようですが、堀田鋤で土を切り上げるのは容易ではないため、大正初期ごろから、はね田をする人がではじめました。それを見て「あんななまくらをやって」と笑っていた人たちもいつの間にか、楽なはね田に変わっていったと聞いております。
寒い日でも田圃に水を入れて素足に足なか草履(足の半分ほどの長さでトンボ草履ともいう)を履いてのはね田は大変でしたが、長いと跳ね上がって仕事ができなかったのです。ワラは肥料にするため、できるだけ多く入れました。


foot-.pricepng.png