このあたりから見る夕日が「日本の夕陽百選」に選ばれています。
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天の川は、(息長川)滋賀県米原市の中央部(旧山東町)に源流を発し、途中で夜高川や梓川などと合流しつつ、旧米原町と旧近江町の町境付近で琵琶湖に流れ込んでいます。大阪府の天野川と同じく、天の川伝説発祥の地との説があり、 天野川上流・中流部のゲンジボタルは国の天然記念物に指定され、観光名所の一つとなっています。河口に近い朝妻神社内には星河稚宮皇子の墓があり彦星塚と呼ばれています。また、河をへだてた旧近江町の蛭子神社には朝妻皇女の墓があり、七夕石、七夕塚などとよばれています。
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石田三成お手植えの藤が伝わる春日神社です。
春日神社には石田三成がお手植えした伝わる藤があります。また、石田三成の家紋である「下り藤」もここからのものだと考えられています。
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「かなぼう」とは泉と洗い場を総称した方言で、主に 出荷野菜の水洗い等に利用しています。
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毎年恒例の長浜の花火大会 世継の湖岸からも美しく見えます。
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kouku.jpgのサムネール画像
―坂田郡近江町世継遺跡―
県営ほ場整備事業天の川西部地区世継工区内で、昭和61年度に世継遺跡発掘調査が、滋賀県文化財保護協会により行われました。
世継遺跡の存在については、昭和40年度版『滋賀県遺跡目録』に、世継の集落の南東側に世継遺跡、さらに集落東方の水田中に世継寺遺跡があげられており、早くから周知されていた。・・・

山内一豊の妻「千代」には諸説ありますが、京極氏(後に浅井氏)の重臣「若宮氏」の居城とされ、館の堀跡と見られる「水路」のみが現存しています。若宮氏については、「佐々木南北諸士帳」や「高知県大脇文書」等に記載されています。昔から「若宮仲間」があり、遺領の土地や位牌を守り毎年法要を行っています。戦国武将で有名な山内一豊の妻「千代」は若宮氏の出とされています。


山内一豊に名馬を買わせ出世させた黄金十両の話の真説は母「法秀院」であったとも言われています。一豊にとっては賢母、千代にとっては厳しくもやさしい姑であり師でもありました。

「自然と歴史と文化、米原には
たくさんの穴場スポットがあります。
「米原市」ホームページ
http://www.city.maibara.lg.jp/
米原市観光ガイド」ホームページ
http://www.maibarashi.jp/
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昔は稲作に肥料らしい肥料もなく、工夫をしては一粒でも多く米を取る努力をされました。
○堀田と、はね田
土を乾かしておくと稲がよく育つということから掘田をされたようですが、堀田鋤で土を切り上げるのは容易ではないため、大正初期ごろから、はね田をする人がではじめました。それを見て「あんななまくらをやって」と笑っていた人たちもいつの間にか、楽なはね田に変わっていったと聞いております。
寒い日でも田圃に水を入れて素足に足なか草履(足の半分ほどの長さでトンボ草履ともいう)を履いてのはね田は大変でしたが、長いと跳ね上がって仕事ができなかったのです。ワラは肥料にするため、できるだけ多く入れました。
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